
近年、製造業の現場では設備の自由度向上や省配線化が求められており、「ワイヤレス給電」技術への関心が高まっています。接点不要で電力を供給できるこの技術は、安全性やメンテナンス性の向上にもつながり、多くの企業にとって導入メリットが期待されています。
ワイヤレス給電を正しく活用するには、その原理や仕組み、使用される回路や対応する規格への理解が不可欠です。この記事では、ワイヤレス給電について押さえておくべき基礎知識をわかりやすくご紹介していきます。
1. ワイヤレス給電とは?
定義と技術の概要
ワイヤレス給電とは、物理的な電線を使用せずに、電力を非接触で機器へ伝送する技術です。主に電磁誘導や磁界共鳴、電波などの物理現象を利用してエネルギーを送るものです。
この技術はすでにスマートフォンや電動歯ブラシ、医療機器などの民生分野で広く普及しており、近年では産業用途への応用が急速に進んでいます。特に、製造現場においては「省配線化」や「接点摩耗の防止」、「可動部の柔軟な設計」といった観点からも、高い注目を集めています。
製造業での注目理由と導入の背景
製造業では近年、工場のスマート化(スマートファクトリー化)が進んでおり、自動搬送ロボット(AGV)やIoT機器の活用が加速しています。これらの設備は常時電力供給が必要でありながら、配線の煩雑さや接点の消耗などが運用上の課題となっていました。
その中で、ワイヤレス給電は非接触での給電が可能であるため、接続端子の摩耗や断線リスクを回避でき、保守・管理の負担を大きく軽減します。また、衛生環境が重視される食品・医薬系の工場では、密閉構造を保ちながら給電できる点も高く評価されています。
さらに、製造ラインの柔軟性向上や人手不足の対策としてロボット導入が進む中で、動作の自由度を制限しない給電方式としての導入意義も高まっています。
2. ワイヤレス給電の原理と仕組み
電磁誘導方式とは
電磁誘導方式は、最も広く普及しているワイヤレス給電方式の一つで、トランスの原理を応用しています。送電側のコイルに電流を流すことで磁場が発生し、その磁場が受電側のコイルを通過することで電圧が誘起され、電力が伝送される仕組みです。
この方式は、スマートフォンのワイヤレス充電(Qi規格)などで利用されており、短距離での高効率な給電が可能です。ただし、送電コイルと受電コイルの位置ズレに弱く、給電効率が下がるため、用途は主に固定設置型の機器に限定されがちです。
磁界共鳴方式とは
磁界共鳴方式は、送電側と受電側のコイルが同じ共鳴周波数を持つことで、磁場のエネルギーを効率良く伝達する技術です。この方式の特徴は、位置ズレに強く、送電距離も数十センチ程度まで延ばせることです。
例えば、自動搬送ロボットが充電ポイントに近づくだけで充電が可能となるなど、動的な設備や可動部を多く持つ現場での活用が期待されています。磁界共鳴方式は、今後の製造業における無人化や効率化を支える中核技術として注目されています。
電界結合方式と電波受信方式
電界結合方式は、静電容量を利用して電力を送るもので、薄型の送受電装置を構成しやすい特徴がありますが、外部ノイズや周囲の環境の影響を受けやすく、現時点では利用範囲が限定的です。
一方、電波受信方式(マイクロ波送電方式)は、遠距離への送電が可能であり、宇宙太陽光発電などの応用も検討されています。ただし、人体や周囲機器への影響や効率の問題から、実用化には慎重な検討が必要です。
3. ワイヤレス給電に使われる回路図と構造の理解
一般的なワイヤレス給電回路の構成
ワイヤレス給電システムは、大きく「送電側回路」と「受電側回路」の2つで構成されています。送電側では、AC電源をDCに整流し、それを高周波電流に変換するインバータが用いられます。この高周波電流が送電コイルを通じて磁場を発生させ、受電コイル側で再び電力として取り出されます。
基本的な構成としては、インバータ、送電コイル、受電コイル、整流回路、安定化電源などが含まれます。回路図では、LC共振回路(インダクタンスとキャパシタンスの組み合わせ)による共鳴設計が重要な要素です。
コイル・コンデンサの役割と設計注意点
コイルは、磁場を形成しエネルギーを伝送する中心的な役割を果たします。一方、コンデンサは共振周波数の調整や、電圧変動の吸収に用いられ、システム全体の安定動作に欠かせません。
設計においては、送受電コイルの間隔や直径、巻数、材質により、給電効率が大きく変動します。特に製造業では、環境内に金属やノイズ源が多いため、干渉を抑える配慮が求められます。
また、共振周波数の選定を誤ると、効率が著しく低下するため、シュミレーションやプロトタイピングによる実証が欠かせません。
シールド・干渉対策の基礎
ワイヤレス給電における課題のひとつが、磁場による干渉や漏洩です。特に多くの電子機器が稼働する製造現場では、外部ノイズによって誤動作や通信障害が起こるリスクがあります。
このため、シールド材を用いた磁場制御や、コイル配置の工夫によって、不要な放射を抑える設計が推奨されます。また、フェライト素材の採用や、受電機器側のノイズフィルタリング技術も有効です。
これらの対策を講じることで、安定した給電と周辺機器への影響の最小化が可能となります。
4. ワイヤレス給電の主な規格と導入時の留意点
Qiなどの代表的な規格
現在、最も広く普及しているワイヤレス給電規格が「Qi(チー)」です。これはWPC(Wireless Power Consortium)が策定した国際標準であり、スマートフォンやモバイル機器などの小型機器に多く採用されています。Qi規格は電磁誘導方式を採用しており、最大15W程度の出力に対応します。
規格選定の考え方と業界動向
導入時には、対象機器の消費電力、通信機能、接続の安定性、使用環境(工場内、屋外、移動体など)に応じて適切な規格を選ぶ必要があります。たとえば、低出力・小型機器ならQi、高出力・中距離給電なら磁界共鳴方式を採用した規格が適しています。
また、近年では規格間の互換性や多機能性が求められることも多くなっており、複数方式を組み合わせたハイブリッド型の開発も進んでいます。規格の成熟と共に、信頼性の高い実証データが提供されるようになってきており、導入判断を後押ししています。
法規制と認証への対応
ワイヤレス給電技術は、電磁波を扱う関係上、各国で定められた電波法やEMC(電磁両立性)規制への適合が求められます。日本国内では、総務省の技術基準に適合し、技適マークを取得することが必須です。
さらに、製造現場で使用する場合は、安全基準や産業用電気機器規格(IEC 61010など)への適合も検討しなければなりません。導入にあたっては、設計段階から適合試験を視野に入れ、必要に応じて第三者認証機関への相談が推奨されます。
5. まとめ
ワイヤレス給電は、非接触で安全かつ効率的に電力を伝送できる革新的な技術です。製造業においては、配線の簡素化やメンテナンス負担の軽減、可動性の向上といった多くのメリットがあるため、今後ますます導入が進むことが予想されます。
導入の成否は、正しい技術理解と自社ニーズとの適合性を見極める力にかかっています。特に、工場のスマート化や自動化が進む今、技術の基本を把握しておくことは、将来の設備投資判断において極めて重要です。
今後は、産業界向けの高出力・広範囲対応の規格も続々と登場する見込みであり、ワイヤレス給電技術は製造業の革新を支える重要なインフラの一つとなるでしょう。
